野性のENERGY
2003年12月7日いよいよ、レース当日。
初めて9時に出勤。
事務所に入るなりスタッフの方から
昨日病院に連れて行った彼が出場を断念したことを
知らされました。 これは朝からショックでした。
症状訴えた時点ですぐ病院連れて行っていればもしかしたら・・・
という気がしてきて、しばらくはがっくりしてしまった
でもそんな感傷に浸る時間はなく
新聞の切り抜き作業をしたり、事務局の方達と
一日の流れの再確認をしたりしていると
あっという間に10時半の選手村出発時間に
観光バスのような大きなバスで向かうんですが
あれだけ各所に「10:30am」と貼り紙しまくったにもかかわらず
いい加減な選手は最後までいい加減なもので
35分になっても40分になっても下に下りて来ません。
部屋に電話すると普通に"Hello"
おいっ!!!
これでは早くから乗っている国内選手や他の海外選手が
割に合いません。
乗り込んだ選手を一人一人点呼とってみると、
ある1人の選手がまだ乗っていないことが判明!
この時点で予定出発時間を15分過ぎていたので
ここで1人対応する通訳を残して出発
彼は後からタクシーで現地入りすることに
○競技場に到着○
結局彼はスタートラインに並ぶ時間の20分前に
ようやく競技場入り。 この日はこの冬一番の
寒さだったけれど、事務局の人はそれこそ冷や汗かいてました(苦笑)
何とか来日海外選手は例の彼以外は全員スタート。
控室で荷物番をしていると、彼が姿を見せました
き「聞いたよ」
彼「うん」
き「どういっていいかわかんないよ」
彼「咳は相変わらず出るし、胸も痛むから」
き「そうか・・・来年また選考会のチャンスあるよね?大事にしとかないとね」
彼「いや、これが最後だったんだよ」
き「oh.....」
それ以上聞けなかった。
そのときはがっくりしてしまったけれど
事務局スタッフ曰くまだ選考レースはあるはずだ
とのこと。 そうであったらいいなと心から思う
彼には絶対オリンピック行ってほしい。
○選手控室で彼らのコーチ・マネージャーらと
弁当食べながらテレビでレースを観戦○
35?を過ぎた辺りでトラック内に。
めちゃくちゃ寒い(震)
○ゴール○
続々と選手がゴール、トラック内に入った通訳が
やる仕事は、ゴールした選手を控室に誘導して着替えてもらったあと
選手村に帰るバスに乗せること
しかし42キロ走ってバテバテの選手を
急かして指示をすることは難しくて
ついゆっくりしていいよ、と言ってしまう
実際その事情は事務局も理解していたので
口すっぱく言われることはなくて安心。
タイムは皆納得いくものだったようで
親しくしていた某南半球の国出身の選手も
オリンピック選考基準タイムを大きく切ったようで
やった!!!と大喜び
ほとんどの選手が荒い息の中で互いに握手したりして
満足な成績を上げた喜びを表していた。
○選手村に戻る○
表彰式の後のパーティには
レースを完走できずに泣いていたという
海外選手もオシャレして姿を現していて
大人、というか心の広さを感じた。
やっぱりアスリートは違うなと。
ただ日本人の女の子をナンパしたかっただけだった
とも言えるけど(笑)
パーティで、よく話をしていた選手
(上に書いた、好タイムを出した選手)
とも、彼のキャリアや家族のことなんかを
じっくり話し込みました。 パーティが
終わる時間になって、僕にTシャツを
プレゼントしてくれました!!
これは今回のバイトで最高の出来事でした。
一般向けのパーティの後、同じ場所で
事務局内々の打ち上げが行われた。
今まで仕事でバタバタ、カリカリしていた人とも
6日目にして初めてまともに話をすることが出来た。
皆今まで張っていた緊張から一気に解放されたのと
大会が好タイムに終わったこともあって
笑顔、笑顔の時間になった。
○3次会○
選手村の外の居酒屋で本当に少人数(10人くらい)の
打ち上げをやって、これまた大盛り上がり。
アムハラ語のWさん、面白すぎ。
ここで、最後の解散になった
「6日間、ホント助かりました」
「ここまでやってくれるとは思わなかった」
「今回は例年になく選手の数が多い中でよく
仕事をこなしてくれて、感謝してます」
「君達(学生)には参ったよ。書類選考した
おれの目に間違いはなかったな」
などと、今日は事務局関係者の方々からよくお礼を言われた。
ここまでの周りの反応を見ていて正直自分は
あまり役に立ってなくて、逆に足引っ張ってるなと
思っていたので、皆様方がそういう風に感じて
くれていたのがわかって、すごくうれしかった。
終わりよければ全てよし、ですね。
とはいえ、自分的には伝えるべき連絡事項+αの「何か」が
選手達にあまり提供できなかったことが
もどかしくて、正直通訳と言う看板を背負うような
器にないということを痛感する日々だった。
「プロの人たちはキミの倍生きて経験積んでるん
だから、いきなり比較するのは難しいよ」
とスタッフの方がフォローを入れてくれた。 確かに。
そのレベルを求めるのはおこがましいのかもしれない。
けれどそう考えてもあまりに乏しい語学力だった
そういったことを考えることも経験。そして
今回はそれ以上に楽しい経験、誇らしい経験が
たくさんできた。 メディアにも取り上げられたり・・・(笑)
大会に携わっていた事務局の方は皆かっこよかった。
バリバリ仕事して、常に冷静で。
しかもわが道を突っ走るでもなく、他への
気配りを忘れない。
ああいう、かっこいい社会人になりたい、と思った。
貴重な貴重な6日間となりました。
一生忘れない経験です。
初めて9時に出勤。
事務所に入るなりスタッフの方から
昨日病院に連れて行った彼が出場を断念したことを
知らされました。 これは朝からショックでした。
症状訴えた時点ですぐ病院連れて行っていればもしかしたら・・・
という気がしてきて、しばらくはがっくりしてしまった
でもそんな感傷に浸る時間はなく
新聞の切り抜き作業をしたり、事務局の方達と
一日の流れの再確認をしたりしていると
あっという間に10時半の選手村出発時間に
観光バスのような大きなバスで向かうんですが
あれだけ各所に「10:30am」と貼り紙しまくったにもかかわらず
いい加減な選手は最後までいい加減なもので
35分になっても40分になっても下に下りて来ません。
部屋に電話すると普通に"Hello"
おいっ!!!
これでは早くから乗っている国内選手や他の海外選手が
割に合いません。
乗り込んだ選手を一人一人点呼とってみると、
ある1人の選手がまだ乗っていないことが判明!
この時点で予定出発時間を15分過ぎていたので
ここで1人対応する通訳を残して出発
彼は後からタクシーで現地入りすることに
○競技場に到着○
結局彼はスタートラインに並ぶ時間の20分前に
ようやく競技場入り。 この日はこの冬一番の
寒さだったけれど、事務局の人はそれこそ冷や汗かいてました(苦笑)
何とか来日海外選手は例の彼以外は全員スタート。
控室で荷物番をしていると、彼が姿を見せました
き「聞いたよ」
彼「うん」
き「どういっていいかわかんないよ」
彼「咳は相変わらず出るし、胸も痛むから」
き「そうか・・・来年また選考会のチャンスあるよね?大事にしとかないとね」
彼「いや、これが最後だったんだよ」
き「oh.....」
それ以上聞けなかった。
そのときはがっくりしてしまったけれど
事務局スタッフ曰くまだ選考レースはあるはずだ
とのこと。 そうであったらいいなと心から思う
彼には絶対オリンピック行ってほしい。
○選手控室で彼らのコーチ・マネージャーらと
弁当食べながらテレビでレースを観戦○
35?を過ぎた辺りでトラック内に。
めちゃくちゃ寒い(震)
○ゴール○
続々と選手がゴール、トラック内に入った通訳が
やる仕事は、ゴールした選手を控室に誘導して着替えてもらったあと
選手村に帰るバスに乗せること
しかし42キロ走ってバテバテの選手を
急かして指示をすることは難しくて
ついゆっくりしていいよ、と言ってしまう
実際その事情は事務局も理解していたので
口すっぱく言われることはなくて安心。
タイムは皆納得いくものだったようで
親しくしていた某南半球の国出身の選手も
オリンピック選考基準タイムを大きく切ったようで
やった!!!と大喜び
ほとんどの選手が荒い息の中で互いに握手したりして
満足な成績を上げた喜びを表していた。
○選手村に戻る○
表彰式の後のパーティには
レースを完走できずに泣いていたという
海外選手もオシャレして姿を現していて
大人、というか心の広さを感じた。
やっぱりアスリートは違うなと。
ただ日本人の女の子をナンパしたかっただけだった
とも言えるけど(笑)
パーティで、よく話をしていた選手
(上に書いた、好タイムを出した選手)
とも、彼のキャリアや家族のことなんかを
じっくり話し込みました。 パーティが
終わる時間になって、僕にTシャツを
プレゼントしてくれました!!
これは今回のバイトで最高の出来事でした。
一般向けのパーティの後、同じ場所で
事務局内々の打ち上げが行われた。
今まで仕事でバタバタ、カリカリしていた人とも
6日目にして初めてまともに話をすることが出来た。
皆今まで張っていた緊張から一気に解放されたのと
大会が好タイムに終わったこともあって
笑顔、笑顔の時間になった。
○3次会○
選手村の外の居酒屋で本当に少人数(10人くらい)の
打ち上げをやって、これまた大盛り上がり。
アムハラ語のWさん、面白すぎ。
ここで、最後の解散になった
「6日間、ホント助かりました」
「ここまでやってくれるとは思わなかった」
「今回は例年になく選手の数が多い中でよく
仕事をこなしてくれて、感謝してます」
「君達(学生)には参ったよ。書類選考した
おれの目に間違いはなかったな」
などと、今日は事務局関係者の方々からよくお礼を言われた。
ここまでの周りの反応を見ていて正直自分は
あまり役に立ってなくて、逆に足引っ張ってるなと
思っていたので、皆様方がそういう風に感じて
くれていたのがわかって、すごくうれしかった。
終わりよければ全てよし、ですね。
とはいえ、自分的には伝えるべき連絡事項+αの「何か」が
選手達にあまり提供できなかったことが
もどかしくて、正直通訳と言う看板を背負うような
器にないということを痛感する日々だった。
「プロの人たちはキミの倍生きて経験積んでるん
だから、いきなり比較するのは難しいよ」
とスタッフの方がフォローを入れてくれた。 確かに。
そのレベルを求めるのはおこがましいのかもしれない。
けれどそう考えてもあまりに乏しい語学力だった
そういったことを考えることも経験。そして
今回はそれ以上に楽しい経験、誇らしい経験が
たくさんできた。 メディアにも取り上げられたり・・・(笑)
大会に携わっていた事務局の方は皆かっこよかった。
バリバリ仕事して、常に冷静で。
しかもわが道を突っ走るでもなく、他への
気配りを忘れない。
ああいう、かっこいい社会人になりたい、と思った。
貴重な貴重な6日間となりました。
一生忘れない経験です。
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