生きること
2004年2月29日母親の友達が亡くなって、今日お葬式に
行ってきました。
小さい頃から自分も関わりが多くあって
すごくかわいがってもらった人でした。
病気になったと聞いてからも何回か
会うことがあったけれど、聞かされなきゃ
病気だなんてわからないくらい、弱いところを
見せずに強がってみせる、格好つけの人。
だから、弱い姿をなるべく人に見せたくないだろうと
思って会うのを遠慮していたら・・・
医師の人たちも驚くほど、急に逝ってしまいました。
訃報を聞かされても、
実際になきがらを目の前にしても、
これを打っている今この瞬間も、
彼女の死が実感として信じられなくて
お葬式に出ていても「何やってんのよ」
という思いばかりしていました。
でも、これが現実なんだ。
生きることは当たり前のことじゃないんだなって思えた。
すごくさばさばした人だったけど
遺影の写真を探しに母や親戚の人とその人の1人暮らしの家に
行ったけれど、性格と同じように
よく整理された部屋でした。
おつかれさまでした。
会いに行かなくてごめんね。
ゆっくり休んでください。
行ってきました。
小さい頃から自分も関わりが多くあって
すごくかわいがってもらった人でした。
病気になったと聞いてからも何回か
会うことがあったけれど、聞かされなきゃ
病気だなんてわからないくらい、弱いところを
見せずに強がってみせる、格好つけの人。
だから、弱い姿をなるべく人に見せたくないだろうと
思って会うのを遠慮していたら・・・
医師の人たちも驚くほど、急に逝ってしまいました。
訃報を聞かされても、
実際になきがらを目の前にしても、
これを打っている今この瞬間も、
彼女の死が実感として信じられなくて
お葬式に出ていても「何やってんのよ」
という思いばかりしていました。
でも、これが現実なんだ。
生きることは当たり前のことじゃないんだなって思えた。
すごくさばさばした人だったけど
遺影の写真を探しに母や親戚の人とその人の1人暮らしの家に
行ったけれど、性格と同じように
よく整理された部屋でした。
おつかれさまでした。
会いに行かなくてごめんね。
ゆっくり休んでください。
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